心を備える

 「どんな心を備えているか」ということが、私達の人生においてとても大切な内容であります。それは、私自身の姿は私の心が現れた姿であります。事業家であるならば、その事業が社会に与えている内容は事業の経営理念の現れであります。

 哲学者や宗教家が心の世界を大切にするのは、現実世界は心が実体化したものであるということを知っているからであります。

 日本の伝統文化の特徴を挙げるならば、心の土台の上に技術が育まれてきたことであると言えるでしょう。そして、それは日本が世界中に誇れる内容であります。

 例えば、その一つは、日本庭園に発見することが出来ます。「借景」という技術です。庭の周囲の景色まで取り込んでしまいます。自然との「調和」という捉え方であります。私はかつて海外で二年間過ごしながら、自分自身の主体性のなさを痛感させられたことがありましたが、実はそれは正しい理解ではなかったことを最近気付かされました。

 日本人は自然を大切にし、自然界から人としての生き方を学んできました。それが「調和」であります。それが世界一の平和大国としての日本に流れる精神文化だと思います。

 ですから、日本文化は「調和」を大事にしながらも個性をきちんと表現している文化であります。それは、日常生活でも同じであります。表面しか見ない人には理解出来ないかも知れませんが、

 しかし残念ながら、戦後の教育改革の中で、日本文化の精神が次第に失われてきているのも事実であります。私は、全寮制の学校で学んだことがありますが、そこは部屋ごとに各学年の学生が一緒でした。お互いの関係はあたかも家族のようでした。同じ部屋のメンバーがいじめられたりした場合には、上級生が黙ってはいませんでした。それが分かるので、下級生はお茶出しも苦にならないのです。

 地球が太陽の周りを正確な軌道で公転するように、社会もおかしくなってくると、それを元に戻そうという力が働きます。最近「SDGs」が盛んに取り上げられるのは、まさに西洋科学の弊害を軌道修正する作用の表れとも言えるでしょう。

 また、「マインドフルネス」が才能発揮という観点で注目されておりますが、元々は仏教の八正道の一つであります。私達の心の世界を見つめ直すのは大切なことですが、「マインドフルネス」単体として切り離されて用いられているのは残念であります、それはその本質につながる機会を逃してしまうかも知れないからです。

 今まで述べたように、物事の結果はどのような心を備えたかにより左右されてしまいます。米百俵大学において備える心は、天地の道理と一体となった心であります。それにより、天地の中心としての働きを実現することにつながるのです。

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